2020年08月03日
カテゴリ:公認会計士
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監修: 公認会計士 中田清穂
1. 新型コロナウイルス自粛中でも決算スケジュールを厳守。その”真面目さ”の正体
2019年に始まった、新型コロナウイルスの世界的大流行。
当時は、まだまだ対岸の火事の様相だったものの、2020年に入り日本でも感染者数が急増し、ついに日本政府は、4月7日に緊急事態宣言を発令しました。
この緊急事態宣言を受け、外出自粛や3つの「密」の防止が求められたことにより、一気にテレワークの導入が進みました。
実際のところ、3月後半には、かなりの数の企業においてテレワークが導入されています。
東京都が、従業員数30人以上の都内企業1万社に対して、2020年3月、4月に行った、「テレワークの導入状況の調査結果」からみてみましょう。
「テレワークを導入していますか?」という質問に対して、2020年3月では、24%の企業が「導入している」、また5%の企業が「今後予定している」と回答。
同じ質問に対して、2020年4月では、67%の企業が「導入している」、6.1%の企業が「今後予定している」と答えています。
たった1ヶ月もの間に、導入した企業は2.6倍に増えていることがわかります。
また、2019年12月においては、平均2割の社員のみがテレワークを実施していましたが、2020年4月には平均5割の社員が実施しているという調査結果が出ています。
企業規模からみてみると、「300人以上の従業員の大・中堅企業」では、79.4%の企業が「導入済み」、5.9%の企業が「今後予定している」と回答。
「100人から299人の中小企業」では、71.3%の企業が「導入済み」と回答し、5.3%の企業が「今後予定している」と答えています。
やはり規模の大きい企業ほど導入が早いようですが、3月と4月を比べると、企業の規模に関わらず全体的に導入が進んだことが明らかとなりました。
業種別では、事務や営業職などが中心の業種では、3月の時点では41.9%が「導入している」との回答に対して、4月では76.2%が「導入している」と答えています。
このようにテレワークの導入が進んでいるにもかかわらず、なぜか経理の社員だけは出社を余儀なくされていたという事実があります。
この事実を確かめるべく、3月、4月の緊急事態宣言の発令直後、また6月と、3回にわたり一般社団法人日本CFO協会が経理という職種に焦点をあてて調査を行いました。
ちなみに6月末は、多くの上場企業における第1四半期決算の時期にあたり、7月から8月にかけて決算発表がなされます。
調査では、200社以上の企業を対象に「例年通り決算発表しましたか?」という質問をしたところ、8割以上の企業が「例年通り決算発表をした」と回答。
また、「例年通り決算発表をした」と回答した企業を対象に「ずっとリモート(在宅)勤務でしたか?」と質問すると、「100%の作業を在宅で行った」と回答したのは数社のみで、過半数の企業が「5割以上の作業を出社して行った」と答えています。
この調査結果からも、経理の社員は、決算準備のために出社し仕事をしていたことがわかります。
なぜ、経理の社員だけが、出社しなければいけないのでしょうか。
その主な理由としては、日本人の国民性や上場企業において欠かせない決算発表が挙げられます。
基本的に、日本人は真面目な性格です。
企業から「出社してはいけない」と言われれば、命令に従うでしょう。
今回は、政府からも緊急事態宣言が発令されており、可能であれば出社を控えたいというのが本音だったのではないでしょうか。
しかしながら、経理の社員は、決算や株主総会も見据えて仕事をするため、どうしても決算スケジュールを守らなければと考えるようです。
彼らには、経理特有の責任感や生真面目さがあります。
今回も、新型コロナウイルスに怯えながらも、決算発表をしなければという責任感が大きく働いたのでしょう。
経理の社員は、企業の役員や上司から「今年は、新型コロナウイルスの感染危機があるため、決算スケジュールを遅らせても構わない」という言葉がなければ、出社を控えることはないのかもしれません。
2. 緊急事態宣言発令後も、経理が出社する理由とは?
実は、緊急事態宣言が発令された後で、企業が社員に通常どおりの出社を求めても、緊急事態措置に違反するということにはなりません。
ただし、緊急事態宣言下の対象地域では住民に外出自粛などが要請されているため、企業としても、社員に対して在宅でできる業務は在宅で行うように指示することが求められます。
緊急事態宣言を受け、経済産業省は日本商工会議所などの関連団体に対して、在宅勤務を推進するために、次のように要請していました。
・社会機能を維持するために必要な職種を除き、オフィスでの仕事は、原則として自宅で行えるようにすること
・やむを得ず出勤する場合も、出勤者を最低7割は減らすこと
もっとも、この要請には強制力はありません。
さらに企業には、労働契約法により「労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ働くことができるよう、必要な配慮」をする義務、「安全配慮義務」が課せられています。
新型コロナウイルスは感染力が強く、通勤途中の電車内やビルのエレベーター内などで感染するリスクは非常に高いといえます。
このような状況のもとで出社を求めることは、違反でないとはいえ、社員の生命や身体等の安全に懸念が残るといわざるを得ません。
社会の共通認識からすると、経理の社員も在宅での業務が推奨されるべきだったのではないでしょうか。
それでは、なぜ決算や経理という業務そのものが、彼らに出社を強いるのでしょうか。
たとえ決算があったとしても、多くの業務がオンライン上で行えるようになっており、経理の業務自体をリモートで行うことができれば、そもそも出社する必要はなかったといえます。
経理の社員が出社しなければならない根本の理由とは、「領収書」や「請求書」など、数字の元となるエビデンスがいまだに紙の書類だからです。
「紙のエビデンスは世界にひとつしかなく、それが会社にあるから出社する」、これが経理の社員が出社する1番の大きな理由でしょう。
これを裏付けるように、先述の調査では「なぜ出社したのですか?」という質問に対して、「紙だから」という回答が最も多く得られました。
さらに細かく「紙とは何ですか?領収書ですか?請求書ですか?契約書ですか?」という質問に対しては、「仕入先からの請求書」という回答が最も多かったのです。
紙の書類のデジタル化に対応できていないため、経理の社員はテレワークを行うことができないという現実が伺えます。
テレワークを実施している企業でも、まだ紙文化からの脱却は不十分であり、社内システムの見直しが必要不可欠といえるでしょう。
とくに大企業は、仕入先からの請求書に対して、すぐに支払いをすることが求められます。
経理の作業が行われず支払いが滞ると、新型コロナウイルスの影響で売上が減少している仕入先の資金が逼迫するからです。
この請求書が紙で発行される限り、経理の社員は出社するしかありません。
3. 新型コロナウイルスショックは「ペーパーレス推進」の最大のチャンス!?
皮肉にも新型コロナウイルスショックは、「ペーパーレス推進」の最大のチャンスとなりました。
業務のなかから紙をなくすことは、現代のIT技術を活用すれば可能です。
経理の業務や請求書業務にしても、クラウドサービスなどを導入することにより、テレワークを実施できるでしょう。
もちろん、100%なくすことは難しいかもしれませんが、それほどのコストをかけずに相当程度、減らすことはできるはずです。
今回の新型コロナウイルスの感染拡大により、やはり「紙の書類をなくす必要がある」、「非効率的すぎる」という声が現場から多くあがっていました。
しかしながら、新型コロナウイルスの感染が収束したあと、すなわち「アフターコロナ」もペーパーレスが推進されるかというと、疑問が残ります。
なぜなら「紙をなくそう」という意識は現段階がピークであり、日常が戻るにつれてこの意識も徐々に薄れていき、風化すると思われるからです。
2020年5月25日に、政府は緊急事態宣言を解除し、会社に出社する人も増え、日常の生活に戻りつつあります。
テレワークではなく通常通りの仕事に戻り、問題なく業務をこなせることで、紙のデジタル化への意識はいつしかなくなっていくことでしょう。
このような未曽有の経験をしても、「紙の呪縛」は根強く残ったままであり、このことが経理の社員をいつまでも会社に縛りつけるのです。
投稿者プロフィール欄
監修: 公認会計士 中田清穂
一般社団法人日本CFO協会主任研究委員。公認会計士。
1984年明治大学商学部卒業、1985年青山監査法人入所。2005年に独立し有限会社ナレッジネットワークにてIFRS任意適用、連結経営、J-SOXおよび決算早期化など、決算現場の課題解決を主眼とした実務目線のコンサルティングにて活躍中。
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